2020年8月15日土曜日

敗戦の日に思う

 今から75年前、1945年8月15日、日本(当時は大日本帝国)はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏しました。初めから結果は見えていた、アリが象に挑むような無謀な戦いだったと、戦後ある評論家が語っていました。

 この敗戦という事実をどのように感じたか、当時の人々にはさまざまな感慨があったようです。一般の市民は「ああ、これで空襲におびえる生活をしなくてすむ」と思った人が多かったそうです。

 それに対し、いわゆる知識人と呼ばれる人たちの反応はまた違っていました。雑誌「近代文学」に集まった小田切秀雄、荒正人、本田秋五たちは敗戦を「解放」として捉えていました。抑圧された状況から解放され、自由な時代がやってくると手放しで喜んでいました。

 しかし、彼らより一世代年下、敗戦のとき20歳前後の青年だった人たちは、さらに違う反応を示しています。たとえば、詩人・評論家の吉本隆明氏は、自分が信じていた思想の一切が音を立てて崩壊し、声を出そうとしても「あっ」とか「うっ」とかしか出てこなかったと書いています。彼が20台に書き残した「初期詩篇」や「初期ノート」にはその深い虚無感が全編に漂っています。

 戦後一躍流行作家になった太宰治は、その作品の主人公の口を借りて、太平洋戦争に日本は「負けたんじゃない。滅んだのよ」と書きました。わたしは、これは大変鋭い指摘だと思います。敗戦を解放と捉え有頂天になっていた人たち、とくに戦時中共産主義から転向しながら何の責め苦もなく楽天的な考え方を披瀝している知識人たちへの、非常にラジカルなアンチテーゼだったのではないでしょうか。

 太宰治の戦時中の作品に「待つ」という短編があります。省線の駅で何かを待ち続ける若い女性、彼女はいったい何を待っているのでしょう。ある評者は「イエス・キリストを待っている」と言います。でも、わたしは違うと思うのです。この何の変哲もない小説は「時局にふさわしくない」という理由で発表停止処分を受けました。その間の事情を残された文献資料から考えるに、彼女が待っていたのは「平和」「平和な世の中」だったのではないかと、わたしには思えるのです。

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